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HATコラム

たかが5年、されど5年

阪神・淡路震災記念 研究調査本部 政策コーディネーター 御厨 貴

御厨 貴
阪神・淡路震災記念 研究調査本部 政策コーディネーター


1951年生まれ
博士(学術)
放送大学教授 東京大学先端科学技術研究センター客員教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構研究調査本部政策コーディネーター

「たかが5年、されど5年」の思いを強くすることが、最近は多い。3.11の東日本大震災から、この3月でちょうど5年がたつ。このところ、メディアからの取材を受けることが多い。5年たっての改めての取材を受けてみて、新たな感慨を催すのだ。そもそも聞き手は皆、5年前の震災と災後を直接には見聞きしなかった人ばかりだ。だからであろう、言葉のやりとりの中で、「どこか違うなあ」「いやそうじゃないよ」という違和感が募り、いつの間にやら一人取り残されている感を強くする。いや、彼等が決して言い加減な取材をしているわけではない。一応調査はしてきている。だから彼等の質問によって、こちらの頭の中では記憶にうっすらと遠い感じになっている事柄を、ハッと呼び覚まされることは、確かにあるのだ。

でも、心の中に生ずる違和感と孤独感、それは何なのだろう。一番手っとり早いのが、「復興構想会議」関連の話題だ。五百旗頭、御厨、飯尾という政治学トリオでリードしたあの会議について、彼等の理解は通り一遍のごく普通の政府審議会という認識から、一歩も出てはいないという印象を受ける。もちろん会議の議事録に目を通しては来ているのだが、あの会議の現場の雰囲気が分からないから、「こうだったんですよね」「要するにこういうことですね」という、すぐにまとめようとする常套とう句に焦ら立ち、「今から考えてうまくいかなかった点を2、3挙げてください」とのつき放したような質問に対しては、「おいおい、もう結論かい」と思いつつ、「ええとね…」と言い出すものの、言葉が続かない。

「臨場感」の共有を求めても無理なこと位、端から了解している。「しかし」なのだ。愚痴のようで自分でも見苦しいと思うのだが、まあ聞いてほしい。「復興構想会議」については、2カ月半で仕上げた「提言」ばかりを話題にされて、そこから取材をスタートされても、こちらは惑うのだ。あの尋常ならざる会議の持つ、そこら中をのた打ちまわり波動砲を撃ちまくるようなオーラを、少しでも感じとってもらわないと、いかんのだ。思い切って何かを言おうとするが、思わず口の端を上ってくるのは、「まあ、あの会議も色々あってね、通常のことじゃないからな…」といったどうでもよい言葉の羅列だ。するといかにも善良そのものといった若い取材記者たちは、「分かる分かる」とばかりに首を縦に振って私に同情の念を示すや否や、「それでですね」と、今の時点での「復興の評価」ばかりを聞こうとする。ああ…。

この4年、私は五百旗頭さんに誘われて、機構の政策コーディネーターとして、「三大震災復興過程の比較研究プロジェクト」を率いてきた。2年目からは「科学研究費」を取ることができて、関東、関西の若い研究者を糾合し、活発な研究会を催してきた。科研費研究会だけでも、この2月までで合宿を含めて20回に及ぶのだから、その濃さが理解できるだろう。関東大震災、阪神・淡路大震災、東日本大震災の比較研究なんて、始めた時はいかにも無謀な試みに見えた。普通の学術的常識から言えば、比較不能だからだ。しかし「震災復興研究」という分野は、未開拓の沃よく土ど そのものであった。そこにブルドーザーよろしく突き進む我等の研究会は、日を追うごとにドン・キホーテたる印象を薄め、様々な発見に満ち満ちた成果を生み始めた。「政策提言」まで含めてしっかりとした報告書に仕上がっていると思う。

そのプロセスで、私の「復興構想会議」にまつわる体験も、相対化していった。むしろ当時の思いにふけるのではなく、復興のあり方により添い、それを支援するプロジェクトに導かれるようになった。私が所属する東京大学先端科学技術研究センターの「大震災アーカイブプロジェクト」、東京大学生産技術研究所や情報学環、それに東北大学災害科学国際研究所等による「防災未来アーカイブ」研究会である。

「だが」とまたもここで反転する。あの震災から5年たった今、「アーカイブ」に関心を寄せている私としては、最も身近にあった筈のあの「復興構想会議」についてのアーカイブを、ちゃんとせねばならぬのではないか。「未来防災」「予防防災」ということを言うならば、次の地震災害に備えて、今から「復興構想会議」のあるべき姿を見すえておく必要があろう。我々政治学トリオは、機構において新たな「復興検証」プロジェクトに今後主体的に係わるとともに、今こそ「復興構想会議」のオーラル・ヒストリーを開始せねばなるまい。幸い私もあの当時、阪神・淡路大震災の下河辺淳復興委員長に、「同時進行オーラル・ヒストリー」を行った故智を思い出し、内々で「同時進行オーラル・ヒストリー」を行って記録にしている。今ふり返るとまさに生々しい“怒り”の記憶であり記録であるが、5年たった今だからこそ、その先を考えることができよう。