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HATコラム

南海トラフ巨大地震に備えて

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員 小林 郁雄

小林 郁雄
1944年生まれ
大阪市立大学工学研究科修士(都市計画専攻)修了
兵庫県立大学緑環境景観マネジメント研究科特任教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構 阪神・淡路大震災記念
人と防災未来センター上級研究員

2045年まであと30年を切った。南海トラフでは有史以来100−200年ごとに大地震が起こり、最近では1854年安政東海・南海地震、1944年昭和東南海地震・1946年昭和南海地震と2045年の100年前、さらにその91年前にM8を超す大地震と大津波が起こっている。安政地震の前は1707年の宝永地震だから150年は大丈夫かもしれないが、いずれにせよまちがいなく南海トラフ巨大地震は起こるから、準備を怠ってはならない。

1995年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を皮切りに、西南日本内帯は昭和南海地震以後の静穏期から地震活動期に入り、次の南海トラフ巨大地震まで50年間ほどに、内陸直下型地震がすでに6回起こり、あと4回程度は覚悟したほうがいい。(「南海トラフの前に内陸直下型地震」としてM7クラスの地震が西日本の都市直下で起こる危険性について、フェイスブック「MBS報道局」で大牟田智佐子さんが記している。170620/災害を知る#92)。

南海トラフ巨大地震はもとより、これからの10年に1度程度のM7クラスの直下型地震への備えとしても、「仮設住宅」と「復興の担い手」の2項目の災害対応について、パラダイムシフトが特に顕著だと思うので、注意を喚起したい。

災害時における「仮設住宅」はこれまで、被災地に急遽(きょ)、備蓄されているプレファブ工業化住宅を中心に大量集中建設されるのが一般的であった。1995年の阪神・淡路大震災では応急仮設住宅4万9,820戸のうち139戸だけが借り上げで、大半が建設された。しかし2011年の東日本大震災では12万1,839戸の仮設のうち半数以上の6万8,645戸が借り上げで「みなし仮設」と呼ばれ、民間賃貸住宅を借り上げて利用することが始まった。昨年2016年の熊本地震では全仮設1万9,609戸のうち8割近くの1万5,306戸が「みなし仮設」であった。

今後の応急仮設住宅は建設に加え、借り上げを並行して位置付けることが進められている。南海トラフ巨大地震など将来は大部分が借り上げ「みなし仮設」で準備することが必須である。さらに建設・借り上げ仮設〈住宅〉供給という枠組みそのものを見直し、家賃補助、住宅バウチャーなど仮〈居住〉補償への方向を早急に進めるべきである。

「みなし仮設」は供給スピード・コスト、住戸規模・性能、立地の選択自由度など多くの利点がある。その背景は全国的な空き家増加で、今後の人口減少時代にますます空き家が増加するので、その対策にもなる防災政策からの対応を考えたい。しかし、「みなし仮設」や仮居住補償などは被災者の姿を限りなく個別化してしまう。そのため被災者ケア対策など仮設団地では容易であったのとは異なる新しい仕組みが必要になる。仮設支援ボランティア・NPOとの協働体制などでも同様である。それへの一つの対応が仙台市の取り組みで見られるので参考にしたい。(菅野拓さん/人と防災未来センター「みなし仮設を主体とした仮設住宅供与および災害ケースマネジメントの意義と今後の論点」日本学術会議公開シンポジウム170415)

復興まちづくりにおいて、今後ますます重要になってくるのは「復興の担い手」である。復興まちづくりは被災住民を中心にした自律的継続的なハード・ソフトの生活・生産・文化環境改善運動でなければならない。1995年阪神・淡路大震災では復興まちづくりに「まちづくり協議会」が大きな力を発揮した。それが1999年台湾921地震復興では「社区営造中心・社区営造員」として伝承され、2004年中越地震では「(地域)復興支援員」に発展した。2011年東日本大震災では「グループ補助金」で自律・協業による産業からの復興まちづくりへの視点が見え始めた。

こうした復興まちづくりの担い手は明確に被災市民であるが、それらを支援し表裏となってコーディネートする人たちが実はそれ以上に重要な「復興の担い手」である。まちづくりや合意形成、参画協働などの専門的な知識と経験を持ち、道筋を立ててそれとなくリードする人たちの組織形成・維持と、活動しやすい制度・資金の用意が急がれる。 南海トラフ巨大地震・巨大津波被災の中心は紀伊半島〜四国の太平洋沿岸部と想定される。そこは日本古来の神道・仏教の聖地でもある。四国八十八ヶ所のおもてなし文化や、コンビニエンスストアよりも多くあるという鎮守の杜・神社を活かし、地域住民に深く関わる地域宗教家(神主さん、お坊さん)がそうした地域の「復興の担い手」の導き手として、大きく広がる被災地の隅々でそれぞれ活動していく基盤をぜひ考えたい。