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HATコラム

性暴力を減らすための新たな試み 

兵庫県こころのケアセンター長 加藤 寛

加藤 寛
1958年生まれ
神戸大学医学部卒業 医学博士
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構理事兼
兵庫県こころのケアセンター長

昨年秋にハリウッドから始まった性被害を告発する#MeToo運動は、欧米で広がり続けており、最近の話題では今年のノーベル文学賞が関係者のセクハラが原因で延期されたという。日本でも政府高官の女性記者に対するセクハラ、人気タレントの高校生に対する性暴力が連日のように報道されている。これらの特徴の一つは、立場的に上位にある者が従属的な関係にある者に対して行った性的暴力が、既存のマスコミだけでなくSNSなどの新たなメディアによって告発されていることだろう。一方で、被害者への心ない誹謗(ひぼう)中傷もSNSには満ちあふれており、被害者を貶おとしめ苦しめている。被害者に落ち度があったのではないか、被害を受ける状況になぜ身を置いたのか、逃げられたはずだ、などはまだいい方で、ここに書くのを憚はばかられるような悪意に満ちた書き込みが多数なされている。

性的被害に関する誤った社会通念を指摘した「強姦(ごうかん)についての神話」という言葉がある。例えば、こういう考え方である。「強姦は自分が招いたことだ。なれなれしい態度や挑発的な人が被害に遭う」「女性は本当は強姦のファンタジーを持っている」「抵抗すれば強姦は防げる。加害者一人の力では実行不可能である」「加害者の多くは見ず知らずの人である」等々。一つ一つを反証することはやめておくが、被害が告発されない理由の一つは、こうした間違った社会の認識によって、さらに傷つけられるのを被害者が恐れるからだといわれている。

臨床場面でよく直面するのは、勇気を持って告発したにもかかわらず、被害者の言動の曖昧さや時系列の整合性が問題にされ、刑事事件として正当に扱われないことである。例えば、酩めい酊ていさせられ強姦された場合、まず加害者と飲食をともにして酩酊したこと自体が問題にされる。また、酩酊の影響や衝撃の大きさのために記憶が飛んでいて、前後関係が不明確だと立件や起訴が見送られることも多い。最近、経験したケースでは上司からの強姦被害を受けた女性が、あまりの恐怖に抵抗できず加害者の指示に従っているように行動したことが、合意があったと見なされ不起訴になったという例があった。被害直後の心理状態として、現実が認識できない感覚に陥り、感覚や感情あるいは思考が麻ま痺ひしたような状態になり、自分の意思が働かず言われるがままに行動することは、多くの被害者に生じる。この状態のことを「トラウマ周辺期の解離」と呼ぶ。この概念は1990年代半ばにアメリカで提唱されたもので、「トラウマ体験の最中および直後に起こる解離、すなわち時間、空間、人、場所、感情、身体イメージ、さらには現実全般への知覚と認知の変化」と定義されている。この症状の存在によって、被害者の訴えの信ぴょう性が問題視され被害を正当に評価されなかったり、被害者に非があると認識され批判に晒さらされたりするような事態が生じる危険性を認識しなければならない。

被害者支援が最優先されることは論を待たないが、性犯罪の再犯率が極めて高いことを考えると、加害者の更生支援と再犯防止が、被害を防ぐ大きな課題であるといえよう。欧米では性犯罪者に裁判所が命令して矯正プログラムを受けさせることが多いといわれている。日本でも一部の刑務所で矯正教育の取り組みが始まっているし、収監されなかった盗撮や痴漢などの比較的軽い性犯罪加害者に対する行動変容プログラムが、民間団体によって提供されている。活動の主催者である大阪大学の藤岡淳子教授は、参加者の特徴として、「とても勤勉で、妻子もいて、まじめな人が多い。日頃は、『べき』で生きていて、日陰ものとなっている『したい』が時々反乱を起こすのだが、この『したい』自分の存在は、意識の中から排除されているので、コントロールが利かない」と指摘している。つまりストレスで押しつぶされそうになると、その捌はけ口として自分より立場が低い人、力のない人に向けて性衝動を解放してしまうという行動パターンを取るのである。こうした思考と行動パターンについて学習しそれを自らの力で修正するためのプログラムが提供され、地道な成果を挙げている。もちろん処罰とある程度の社会的制裁は必要だが、加害者を立ち直らせるこうした活動の重要性にもわれわれは目を向けるべきだろう。

参考文献
藤岡淳子.性犯罪者数百人と面会して見えた「性暴力問題の本質」. 現代ビジネス 2018.2.5掲載 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54329