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HATコラム

「たかが雨」を正しく恐れるには~災害時のコミュニケーションについて考える~

兵庫県こころのケアセンター研究主幹 大澤 智子

大澤 智子
人間科学博士・認定臨床心理士
リッチモンドカレッジ、リージェントカレッジ(ロンドン)にて心理学学士号、
カウンセリング心理学修士号取得
  大阪大学大学院人間科学研究科にて人間科学博士号取得後、
兵庫県こころのケアセンター主任研究員就任、現在同センター研究主幹
日本トラウマティック・ストレス学会副会長
総務省消防庁緊急時メンタルサポートチームメンバー

わたしたちは多くの水害災害を経験してきた。台風被害に限ると「昭和の三大台風」と言われる室戸台風、枕崎台風、伊勢湾台風がある。この3つの台風では合計1万人を超える死者・行方不明者が記録されている。梅雨前線によってもたらされた昭和の代表的な水害としては、「阪神大水害」、九州北部の河川がすべて氾濫したと言われている「昭和28年西日本水害」、その翌月に起こった「紀州大水害」、そして、「諫早豪雨」がある。これらの水害でも1,000人前後の死者・行方不明者がそれぞれ出ている。そして、記憶に新しい西日本豪雨の死者は226人(警察庁8月10日時点)に上り、平成最悪の犠牲者数となった。

この豪雨を前に、気象庁は数日前から「(7月)8日ごろまで大雨の恐れ」と異例の注意喚起の会見を行い、被害予想地域の住民が自分の身を守るための判断が下せるように情報提供を行った。にもかかわらず、これだけの犠牲者が出たことを受け、紙面には「【西日本豪雨】情報伝達の精度向上を(高知新聞ネット 2018.07.12)」、「西日本豪雨・避難情報 行動につながる伝達を(中国新聞アルファ 2018.07.25)」などの見出しが並び、国は避難勧告や指示の判断基準を見直す方針だと伝えている。

しかし、いくら気象庁や国が正確な災害情報を伝えたとしても、受け手がその情報を理解し、自分の状況を判断するためにその情報を利用し、適切な行動をとれなければ同じような被害は起こり続けるだろう。当時のニュース報道を見ていて非常に印象的だったのは「こんなことになるとは…何を言ってもたかが雨だと思っていたから」との被災住民の言葉だ。正常性バイアスという概念(自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりすること)で説明する解説者も多数いた。しかし、本当にそれだけなのだろうか。

そんな中、静岡大学防災総合センターの牛山ら1・2)は死者・行方不明者(対象231人)の被災場所の調査、ならびに、この豪雨災害で大雨特別警報が発表された地区の住民を対象(有効回答者数557人)に、気象庁が発表した災害情報に関するアンケートを行っている。その結果、死者・行方不明者の被災原因は、土砂災害が125人(54.1%)、洪水が82人(35.5%)で、被災場所は屋内が124人(53.7%)で、屋外で被災した人(25.5%)の倍だったと報告している。また、災害情報についての調査結果によると、回答者の9割は大雨特別警報について聞いたことがあるものの、半数はその意味を実際よりも弱いものとして理解していた。そして、避難情報の種類(避難準備/高齢者等避難開始、避難勧告、避難指示(緊急))の認識については、8割から9割の人は言葉として認知しているものの、緊急度(準備<勧告<指示)について正しく理解していた人は4割に満たなかった。

万が一に備え、住民が自らの命を守り、可能な限りリスクを減らす行動に移るために重要なのは効果的なコミュニケーション-リスクコミュニケーションであると言われている。しかし、どんなタイプのコミュニケーションでもそうであるように、誰が、何を、どのように、どのタイミングで、誰に発信するのかが練られていなければ効果は減じる。今回の災害が示したように、情報(例えば、浸水マップ、災害情報、避難情報)は提供されていても、その意味が伝わっていなければ情報は存在しないに等しい。また、脅威を強調し過ぎると無力感が喚起され、結果として行動するのを諦める人(例えば、「何をやっても無駄」「どうせ助からない」)を増やすことにもつながりかねない。タイミングが遅いと避難をするつもりだった人も逃げ遅れてしまう。

コミュニケーションである限り、やりとりは双方向でなければならない。そのためには、被災した住民が何を教訓としたのかを自ら語り、住民が主体となる防災・減災を考えなければならない。被災したからこそ見え、感じることがあり、だからこそ、考えられると思うからだ。人は自分にとって大事なことでない限り、実行しない上に、困難に直面した際にやり遂げようと思わない。また、人は誰かに与えられたものよりも自分で獲得したものを大事にする。積極的な避難行動の可能性を高めるために、そして、被災経験がない住民が災害を「正しく恐れるように」なるためにも。今は目の前のことで頭がいっぱいでそれどころではないかもしれない。しかし、生活が少し落ち着いたら、ぜひそのような場を市町村はつくってほしい。最後に、この豪雨災害でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災地域の復興を願う。

参考文献
1)http://www.disaster-i.net/disaster/20180706/20180803report-1.pdf
2)http://www.disaster-i.net/disaster/20180706/20180803report-2.pdf
3)https://www.preventionweb.net/files/52828_apubliccommunication[1].pdf